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zoom RSS 11年ぶりのKanonと鈴うた

<<   作成日時 : 2010/08/01 15:59   >>

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おっさん言うなw
そんなわけで、未だにえちぃゲーを語る上で話題に挙がるKanonと、奇しくも古巣から同時期に発売された鈴がうたう日
最近また話題に挙がり始めたいわゆるKanon問題とは、関係ないとは言いませんが直接的な繫がりはありません
また、わたし個人の感想であり、他者の意見を否定や貶めるものではありません
あと、内容柄ネタバレを多く含みますのでご注意下さい

ことの発端は、昔やったゲームに対し今残ってる記憶のみで考えてるなぁ、と自覚したこと
当時感じたことを嘘だというつもりは毛頭ないですが、記憶って風化したりスポイルしたりして割と都合のいいものだけが残っている感じがしまして
忘れている部分、見逃している部分はないか?
何故印象に残っているのか、今やったら同じように感じるか?
なので、押入れを漁って未だに記憶に残るゲームをいくつかやってみてたわけです

Twitterで先に呟いていますが、Kanonのあゆと鈴うたのすずはプロットが結構似ています
口癖とかキーアイテムとか眠り姫とか
今だとパク・ラレとか言われそうですが、メンバーの古巣でしたから企画分かれしたものかなと思います
有名な話ではラピュタとナディア
で、当時のわたしの評価は、鈴うた>Kanonでした
世間の評価と逆なわけですが、何故そう思ったのか、今やったら評価が変わるか、2人にスポットを当てたのが今回のお話
前置き長いw

当時の記憶では、Kanonにあまり惹かれなかった理由としては「落として上げるあざとさが気になった」
奇跡(笑)と言われることもままありますが、わたしとしてはハッピーエンドに越したことはないので、それ自体は問題ありません
問題はむしろ奇跡が起きなければ解決できないような不幸
避けられない不幸に叩き落とし、それを掬い上げるような奇跡が起きる、そんな形式が合わなかった
それに対し鈴うたは、幸も不幸も日常の中にある、すずのエンドもそんな日常の延長線上にある、そんな表現が「暖かかった」印象がありました
誤解を恐れず極論を言うと、Kanonは神様が人間ダメだと津波を起こし、かわいそうになってきたと船を用意する、そういう印象がありました

結論から言うと、印象そのものは当時と殆ど変わりませんでした
ただ結論に至る過程に違いが
忘れていたのか構えてやったからかは分かりませんが、Kanonの日常はすごい薄く感じるんですよ
夢であったりとか記憶であったりとか、そういった伏線が日常らしさをなくし、薄氷の上を歩いてるかのような感覚を覚えます
まるでこれから不幸になるぞ、と宣言されているかのような
対する鈴うたは、いなぞーを掃除機で吸い込むとか、一緒に格ゲーをやるとか、みんなで海に行くとか、そんなありきたりな日常を感じます
無くなって初めてかけがえのないものだったことに気付く、そんな演出が合う位に

決定的なのはまさにクライマックスの消えるシーン
祐一がやってるのは別れの儀式で、祐児が行うのは始まりの儀式なんですよ
あゆには時間が無い、だったら「本当の願い」をかなえて、笑顔で別れられるように
秋子さんの一言が無ければ、あゆはもういないと思っていたことでしょう
対する祐児は「病室のすず」と逢っています
そして、すずとの生活を嘘にしないように、目覚めたときに胸を張れるように、日々を生きる誓いを立てます
この差が結末としては同じ「目覚めて再会する」なのに、印象が全く違う原因かなと


まあ11年も経てば、思い出すことも気付かなかったこともあって、有意義な時間でした
面白いものは今やっても面白いですしね
今は大容量の時代なので、押入れのゲーム全部HDDにぶち込んで、ふとした時に確認できる環境を作りたいなーと思ったりも
まあこう言うとまずやらないんですがw
それにOS互換の問題もあって、鈴うたはXPでも色々問題があってWin98環境を構築したりで大変でした・・・


おまけな話
今回の主旨じゃないので割愛しましたが、UIはやっぱり重要です
一番不便だったのはやっぱりバックログですね
なんだかんだでシステムも進歩してるよ
ちなみに鈴うたは終了確認のポップアップに「帰るの?」とか「すずはもう眠いんだよ」とか出てきます
こういうギミック大好きですw

やったことある人は、Keyの他作品にも当てはまる部分があると思う方もいらっしゃると思います
実際、わたしはKey作品にはあまりハマりませんでした(ちなみにクラナドまでプレイ済み)
嫌いではないんですけどね
また、そんなことは無いと思われる方もいると思います
でも仕方ないじゃない、そう感じちゃったんだからw
人によって感じ方が違うのもまたひとつの面白さだと思うんですよね

はっきり言って蛇足もいい所なのですが、折角思いついたので
演出から「3つ目の願い」によってハッピーエンドに、という印象が強いですが、このゲームにおける一番の奇跡=常識を超えた事象は「あゆとの再会」でしょう
ではあゆの存在は「3つ目の願い」なのか「別の奇跡」なのか?
インタビュー等を思い返す限り、奇跡が起きるには相応のルールがある、といった旨の発言があったと記憶していますので、ルールを無視した別の奇跡という線は考え辛い
だったらあゆの目覚めも、他のルートの問題も、「3つ目の願い」によって解決したのではなく、起こるべきして起きたのではないか
あるいは、「夢の終わり」までの全てが「3つ目の願い」そのものではないか
ま、ユーザーがあれこれ想像しても、正解も不正解もないのですがw

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